はじめに
現在、私は歯科衛生士として外来やメンテナンスに携わりながら、3人の子どもを育てつつ保育士試験の勉強を続けています。
診療の合間に離乳食の相談を受け、帰宅すれば子ども達の夕食を作り、家事をして、その後に保育士試験のテキストを開くという毎日で、「もう一つ国家資格を目指すなんて無謀かもしれない」と感じる瞬間もあります。
それでも学び直しを始めたことで、歯科で得た点の知識と、保育で学ぶ発達や心理の点がつながり、子どもの「口の育ち」が全身や心の成長と深く関わっていることを身をもって実感するようになりました。
学び直しを始めてまず驚いたのは、歯科で学んだ「噛む・飲み込む・話す」といった知識が、保育で学ぶ「基本的生活習慣」や「愛着形成」と一本の線でつながっていったことでした。
※口育(こういく)は、歯並びや虫歯予防だけでなく、生活リズム、情緒の安定、ことばの発達、さらには学びへの集中力まで支える土台だと理解が深まりました。
この記事では、歯科衛生士としての現場経験と、3人の子育てでの反省と工夫、保育士試験での学びを組み合わせて、今日から家庭で取り入れやすい口育ケアを具体的に紹介します。
※「口育(こういく)」とは、日本口育協会が提唱する、0歳の乳幼児期からお口周りの筋肉や機能を正しく発達させ、呼吸・嚥下・咀嚼・発音といった口腔機能を健全に育てる健康管理術です。哺乳、離乳食、指しゃぶりなどの口腔周囲筋のケアを通じて、正しい歯並びや健康な全身発育を生涯にわたって維持することを目指します。
歯科医院で見える「気になるお口」と保育の学びがつながった瞬間
私が勤務する歯科医院では、「お口がいつもぽかんと開いている」「飲み込むのに時間がかかる」「サ行やタ行が少し聞き取りにくい」といった感じで、ほとんど毎日のようにお母さん方から相談があります。
歯科衛生士として私は、これまで※2「口腔機能発達不全症」という診断名のもと、舌や唇の動き、噛み合わせ、口周りの筋肉のバランスなどを丁寧にチェックし、トレーニング方法や生活習慣のアドバイスを行ってきました。
検査の場面では、「食べるときどんな姿勢で座っていますか?」「よく噛まずに飲み込んでいませんか?」「口で息をしている様子はありますか?」などの質問を保護者の方に投げかけながら、日常生活の様子も思い出してもらって一緒に問診しています。
保育士試験の勉強を通して発達心理学や子どもの保健に触れ、一方で「お口の気になること」の背景には、「体幹の育ち」「生活リズムの習慣化」「外遊びや運動内容」といった全身の筋力のバランスや環境の要素が複雑に関係していることが納得できました。
「口が閉じられないんです」と相談を受けたお子さんの中には、詳しく日常生活を聞いたり、歩き方や遊び方を実際に見せてもらったりすると、赤ちゃんの頃のハイハイ期間がとても短かったり、走るとすぐにつまずいてしまったり、体幹の不安定さが見えてくるケースも少なくないです。
また「舌の筋力が弱いから」「口まわりの筋肉が足りないから」とお口の中だけを見ていた段階では見落としていた視点が、保育の学びによって少しずつ補われていく感覚がありました。
体幹の筋肉が十分に育っていないと、椅子にまっすぐ座り続けることが難しく、背中が丸まりやすくなります。背中が丸くなると、あごの位置が前や下へとずれていき、その結果とお口がぽかんと開きやすい姿勢がクセになってしまいます。
以前の私は、この状態を「お口の筋肉の問題」とだけ捉えて思いがちでしたが、今は「全身の運動発達」「日々の遊びの内容」「睡眠や食事のリズム」といった生活全体の流れに目を向け、その1日を振り返ります。
診療室の短い時間だけでは見えない背景こそ、口育を考えて続けなければいけないヒントだと感じました。

※2「口腔機能発達不全症」とは厚生労働省が2018年に保険診療として認可した、18歳未満の子どもの「食べる」「話す」「呼吸する」といった口の機能が十分に発達していない状態です。噛めない、口呼吸、歯並びの悪さなどの症状があり、早期発見・訓練が重要で、歯科での治療対象となります。
私が診療で感じた「同じ悩みを抱える親御さんの声」
診療室では、「食べるのが遅くて食事がいつも最後まで終わらない」「言葉がはっきりせず、からかわれないか心配」といった声をよくお聞きします。
そのたびに、お口の機能だけでなく、家庭での食事の雰囲気、遊び方、寝る時間などを一緒に確認していくと、少しずつ笑顔が増えていくご家族をたくさん見てきました。
こうした経験から、「口育」は専門的なトレーニング以前に、家庭での小さな積み重ねがとても大きな意味を持つと感じています。
基本的生活習慣の中心は「食べる力」〜リズム・心・学びを支える口育
保育士試験のテキストには、食事・睡眠・排泄・清潔・衣服の着脱といった「基本的生活習慣」を整えることが子どもの成長の土台になると何度も出てきます。
とくに「食べる力」は、栄養をとるだけでなく、生活リズム、心の安定、学ぶ力の3つを同時に支える、特に重要な要素だと私は感じるようになりました。
歯科と保育の両方の視点から見える「食べる力の3つの役割」を、ここで整理してお伝えします。
生活リズムと情緒の安定を支える
よく噛んで食べることは、満腹中枢を刺激し、適切な量で満足感を得やすくします。これにより、ダラダラとした間食や、夕食前の空腹による不機嫌を減らす手助けになります。
我が家でも経験がありますが、「朝・昼・晩の食事でしっかり噛んで食べる」ことが習慣化すると、自然と夜は眠くなり、朝はすっきり目覚めるという生活リズムが整いやすくなります。結果として、日中の機嫌も安定し、親子ともに穏やかに過ごせる時間が増えるのです。
ことばの発達とコミュニケーションの土台
意外に思われるかもしれませんが、「話す」ときに使う舌や唇、頬の筋肉は、「食べる」ときの動きとほぼ同じ筋肉を使っています。特に「飲み込む」動作は、舌を上あごに強く押し付ける必要があり、これは発音の基礎となる動きです。
小さなうちからよく噛み、舌をしっかり動かす経験を重ねることは、まさに発音の筋トレをしているのと同じです。「さ・た・ら行」などの発音がクリアになり、自分の気持ちを言葉で伝えやすくなります。
「ママ、あのね!」と伝えたいことがスムーズに伝わる経験は、子どもの自己肯定感を育み、人と関わることを楽しむ力にもつながると感じています。

集中力と学びの姿勢を支える
しっかりと奥歯で噛みしめることができると、首周りの筋肉が安定し、重い頭を支えやすくなります。これは、姿勢の安定に直結します。
噛み合わせが安定している子は、顎の位置が整いやすく、無理なく背すじを伸ばして座ることが楽になります。
その結果として、工作やお絵かき、将来的な学習において、椅子に座って続ける活動でも集中力が持続しやすくなります。
「すぐに立ち歩いてしまう」「姿勢が崩れてグニャグニャしてしまう」といった困りごとの予防にもつながるのです。
「噛む・飲み込む・話す」は、子どもが「生きやすくなる力」の土台
保育士試験の勉強をしていると、「基本的生活習慣の確立」というキーワードが何度も登場します。
食事・睡眠・排泄・清潔・衣服の着脱が安定すると、子どもの心身の発達がスムーズになるとされ、その中でも「食べる」を支える口の機能は、毎日の生活のスタート地点のような役割を持っています。
よく噛めるようになると、食事の時間が整いやすく、間食や早食いが減り、結果的に生活リズムも安定しやすくなります。 一方で噛む力が弱いと、丸のみや偏食、口呼吸、猫背、発音の不明瞭さなどが重なり、園や学校での生活にストレスを感じやすくなることもあります。
だからこそ、「噛む・飲み込む・話す」という口の機能を、早いうちから家庭と専門家が一緒に育てていくことが大切だと感じています。
口育は、「歯並びのため」だけではなく、子どもが生きやすい体と心を作るための大切な土台なのです。
歯科衛生士ママが3人の子育てで「これは続けてよかった」と感じる4つの習慣
ここからは、歯科衛生士として働きながら3人の子どもを育ててきた中で、私が「これは続けてよかった」と心から思う4つの習慣をご紹介します。
よく噛める食事は「完璧」ではなく「7割」を目指す
フルタイムで働きながらの夕食づくりでは、「毎日栄養満点で完璧なメニューを作る」のは現実的ではありませんでした。
にんじんや大根、ごぼうなどを入れた根菜たっぷりの味噌汁、きのこをたくさん加えた炊き込みご飯、わかめやひじきの和え物など、自然と噛む回数が多いメニューをいくつか決めてローテーションしています。
「今日は疲れているから、この一品だけ頑張ろう」と自分に言い聞かせることで、完璧を目指さずに続けられるようになりました。
最初は子どもたちも「噛み応えがあって少し食べにくい」と顔をしかめていましたが、数週間〜数か月と続けるうちに、食事にかかる時間が安定し、完食までスムーズに進む日が増えました。
食事中の姿勢は「注意する」のではなく「足と腰」から整える
わが家では、ローテーブルに子どものイスを合わせて座らせたとき、子どもの足がブラブラと宙に浮いていることにふと気づきました。
市販の子ども椅子をすぐに買い替える余裕はなかったので、まずは家にあった厚めの雑誌や木箱を置いて、即席の足台を作ってみました。
それまでは「きちんと座って」「姿勢!」と何回も注意してしまい、お互いにイライラして食事が終わることも少なくありませんでした。
足台を用意してからは、「姿勢を直させる」のではなく、「自然と座りやすい環境を整える」意識を向けられるようになり、声かけの回数も減りました。結果として、家族みんなが以前より落ち着いて食事時間が楽しめるようになったと感じています。


こちらの記事も参考に:食事の姿勢がお口の育ちに影響するの?
外遊びと体幹づくりも「口育の一部」として考える
私は「口のことは歯みがきで」「体の発達は運動で」と分けて考えるのではなく、砂場遊びや鬼ごっこ、縄跳び、登り棒、雑巾がけなども「口育の一部」として意識してきました。
特に我が家の子どもたちに人気なのが、リビングや幼稚園での「雑巾がけレース」です。腕と体幹をしっかり使って床をぐんぐん進んでいくこの遊びは、終わったあとの食事で姿勢が安定し、お口が自然と閉じやすくなる様子を何度も見てきました。
外遊びが増えた時期は、不思議と子どもたちの表情もいきいきとして、夕食の食べる量が増えたり、夜ぐっすり眠って朝スッキリ起きられたり、生活リズム全体が整いやすくなりました。
「よく動くからこそ、おなかがすき、よく噛んで食べて、よく眠れる」という循環は、体幹づくりだけでなく、お口の発達にも良い影響を与えていると感じています。

こちらの記事も参考に:外遊びとあごの成長について
会話の時間を「口のトレーニング」としても大切にする
夕食の片づけをしながらでも、私は「今日楽しかったことを教えて」と子どもに話をして時間を意識して作っています。
大きく口を開いて話したり、舌をしっかりと動かしながら言葉を出したりすることは、それ自体が口のトレーニングになります。同時に、「自分の話をきちんと聞いてもらった」という安心感が、子どもの自己肯定感やコミュニケーションの刺激にもつながっていきます。
「毎日じっくり考えてたくさん会話しなきゃ」と思うと、こちらも息が詰んでしまいます。そこで私は、「一日に1テーマ話せたらOK」「一言だけでも聞いたら今日は合格」と、かなりゆるい基準を自分に設定しました。

もし今、0〜3歳の子育てをやり直せるなら意識したい3つのポイント
当時は、赤ちゃん自身でできることがどんどん増えると、「成長の証」として成長のステップアップを進めていたように思います。
今振り返ると、「口育」を意識した成長の見守りができたらよかったなというポイントをまとめてみました。
ハイハイの期間を「急がずじっくり」見守る
ハイハイの期間を「少し長く見守ってあげればよかった」と感じている保護者の方は、実は少なくありません。私自身も上の子のときは、「まだ歩けないのかな?」「周りの子はもう歩いているのに」と、成長のスピードばかりが気になっていました。

とても大切なプロセスです。ハイハイでしっかり体を支えられるようになっている子は、飲み込むときの姿勢や、食事中の体の安定が整いやすく、「落ち着いて座って食べられる」「口をしっかり閉じられる」といったお口の機能にもつながりやすいと感じています。
もし0歳に戻れるなら、「早く歩いてほしい」とはやる気持ちを少し脇に置き、ハイハイの期間をもっと長く見守ったと思います。 床の上を自由にハイハイすることで、腕・肩・背中・首の筋肉がバランスよく育ち、その土台の上に顎やお口の発達が進んでいくからです。


こちらの記事も参考に:はいはいとお口育ちの関係
手づかみ食べを「汚れてもOK」のつもりで見守る
離乳食が進んでくると増えるのが、赤ちゃんが自分で食べたい「手づかみ食べ」です。上の子のときの私は、テーブルや床、洋服がベタベタになるのがイヤで、「こぼさないように」とついスプーンで口まで運んでしまうことがたくさんありました。
口に食べ物が入るという一連の流れが、目と手だけでなく、「どこに食べ物がある、香り感じる、素材の味を感じる、というお口の感覚」や噛むための筋肉を育てる貴重な経験だったんだと思います。
「汚される前に止める」のではなく、「どうすれば安心して汚せるか」を考えることが、子どもの食べる力と自分でやってみようとする気持ちを支え始めていると、今は感じています。
上の子のときは、床や服が汚れるのがイヤで、ついスプーンで口まで運んでしまうことが多くありました。 今振り返ると、自分の指でつかんで、口に運び、噛んで確かめる一連の動きが、目と手の協調だけでなく、口の中の感覚や噛む力を育てる大事な経験だったと分かります。
テーブルに新聞紙やビニールを敷いて「汚れてもいい日」を決め、手づかみ食べの時間をもっと楽しめたらよかったんだなと、今は思っています。
外遊びの「質」を上げて体幹から口を育てる
私が子どもたちを連れて公園に行っていた頃は、ブランコや滑り台など、平らな場所に設置された遊具で遊ぶことが中心でした。
背すじがぐんぐん伸びていると、顎や口周りの筋肉も支えられやすくなり、食事中に頭がグラつきにくく、口がポカンと開きにくい、といった良い変化に繋がるケースも多いです。
「危ないからやめて」ではなく、「どこまでなら安全にチャレンジできるかな?」と一緒に考えてあげる姿勢が、子どもの自信と体の発達、そしてお口の成長の両方を育てていると感じています。
ここまでお読みいただいて、「うちの子はもう3歳を過ぎているけど大丈夫かな?」と不安になった方もいるかもしれません。
3歳でも、小学生でも、中学生でも、「今日、少しお口のことを意識して」というその瞬間が、その子にとっての新しいスタートラインになります。
子育ては、振り返れば「もっとこうしてあげればよかった」が何度も思いますが、その時で親なりに精一杯選んだ結果でもあります。「今気づけた自分」を認めることが、子どもにも自分にも優しい選択だと感じています。
今日からできる簡単「口育マッサージ」と家庭でのひと工夫
ほっぺと口まわりを優しくほぐすマッサージ
食事前やお風呂上がりに、清潔な手でほっぺを円を描くように優しくマッサージすると、頬や口の周りの筋肉がほぐれて動かしやすくなります。
親指と人差し指で唇の端をつまむようにして軽く上下に動かすと、口角が上がりやすくなり、「い」の口が作りやすくなるため、発音の練習にもつながります。
強く押す必要はなく、「気持ちいいね」と声をかけながら、スキンシップの一つとして取り入れるのがおすすめです。


こちらの記事も参考に:お口のマッサージ保存版
「あいうべ」など簡単な口遊びを取り入れる
お風呂の中や寝る前のリラックスタイムに、「あー」「いー」「うー」「べー」と大きく口を動かす遊びを取り入れると、唇と舌、顎の動きがバランスよく鍛えられます。 鏡の前で親子で一緒にやると、子どもは表情を真似しながら楽しんでくれることが多く、「もう一回やろう」と自分から言ってくれるようになりました。
ゲーム感覚で「誰が一番大きな口を開けられるかな?」などと競争にすると、トレーニングというより遊びとして続けられます。
「あいうべ体操」は、福岡のみらいクリニック院長・今井一彰先生が考案した、口の周りの筋肉と舌を鍛えて口呼吸を鼻呼吸に改善する健康法です。1日30回(1セット1秒ずつ、朝昼夜食後に各10回目安)、「あー・いー・うー・べー」と口と舌を大きく動かすだけで、免疫力向上や口臭・ドライマウス改善、小顔効果も期待できます。 動作は「あー・いー・うー・べー」の順に、大きく動かすのがポイントです。
食材の切り方と盛り付けを少し変えてみる
同じ食材でも、少し大きめに切ったり、スティック状にしたりするだけで、噛む回数は自然と増えます。 例えば、にんじんを薄切りからスティック状に変えたり、きゅうりを輪切りではなく縦長にして出すと、奥歯を使うきっかけになりやすいです。
最初は「かたい」と感じる場合もあるので、「今日は3回多く噛んでみよう」など小さな目標を決めてチャレンジしてみてください。
完璧じゃなくても、「気づいた日」から始める口育は子どもの未来へのギフト
歯科衛生士として現場に立ち、母として悩み、今は保育を学ぶ立場にもなった私が強く感じているのは、口育が「特別なご家庭だけが頑張るもの」ではないということです。
今日、椅子の高さを見直す、食材を少しだけ大きめに切る、ほっぺを一分だけマッサージする、といった小さな一歩も、子どもにとっては将来につながる大きなギフトになります。
私自身もまだ学びの途中ですが、同じように子どもの口のことで悩む保護者の方に、「完璧じゃなくていいから、一緒に少しずつやっていきましょう」とお伝えしたいです。
この文章が、お子さんのお口を優しく見つめ直すきっかけになれば、とても嬉しく思います。

本記事は、歯科衛生士としての経験に基づく情報提供を目的としています。個別の診断や治療に代わるものではありません。気になる症状がある場合は、必ずかかりつけの歯科医院を受診してください

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